2018年03月21日
ガンジス川へ(34)@インド旅日記

宿から歩いてガンジス河の方へ行ってみた。
この街から南に歩いていけば、ガンジス河へ突き当たり、ガートでは沐浴する人々が大勢いた。
ここで体を洗い清め、生命の祝福を祈るそうだ。
昨日まで滞在した仏教の聖地ブッダガヤとは、雰囲気が全く違っていた。
ベナレスはヒンズー教最大の聖地で、多くの年老いた巡礼者が集まり、死んでいくのを待つ河でもある。
ある者は河岸で灰になり、ある者は、焼かれることもなくガンジス河に流される。
ガンガの水は、泥水のように濁っていた。
ヒンズー教では、生きている者は、いつか聖なる河、ガンガに流されることを希望し、肉体から解放され、次の生命へと新しい旅に出る。
ガートまでの道にはこじきのような人々がずらっと並び、ガンジス河の水が入った瓶を売っている。
ヒンズーでもない、日本という衛生観念が異様に発達している国で生まれ、耐性のない僕が、この水飲んだら、下痢どころの騒ぎではなさそうだ。
声をかけられ、腕を取られ、どうしていいのかわからなかった。
巡礼者、物乞いをしながら死を待つ人々。
体を洗い清め、生命の祝福を祈る河であり、同時に死んで輪廻への旅たちの川。
呆然としてしまう。
Posted by おきなべ at 07:26│Comments(2)
│インドの旅
この記事へのコメント
インドに行くと価値観や死生観が変わるというのを聞いたことがあります。
「生きる」とは?「死」とは?という哲学的な思想で頭が一杯になりそうですね。
「生きる」とは?「死」とは?という哲学的な思想で頭が一杯になりそうですね。
Posted by マエヤシキ
at 2018年03月22日 13:32

マエヤシキさん
若かったせいもあるけど、当時持っていった大学ノートには、青臭いことたくさん書いています。
とても、恥ずかしくて、ここには書けないけどネ。
色んな民族、多様な生き方、一つでない価値観、縛り付けられていたものが、一気に崩れていきました。
崩れたまま、今もって構築できずにいますよ。
若かったせいもあるけど、当時持っていった大学ノートには、青臭いことたくさん書いています。
とても、恥ずかしくて、ここには書けないけどネ。
色んな民族、多様な生き方、一つでない価値観、縛り付けられていたものが、一気に崩れていきました。
崩れたまま、今もって構築できずにいますよ。
Posted by おきなべ
at 2018年03月22日 20:53
